博物館や教科書でよく目にする「はにわ」と「土偶」。どちらも古代の日本で作られた土製の造形物ですが、実はまったく違う時代に異なる目的で生まれたものです。本記事では、はにわと土偶の違いを時代・目的・形・出土場所の4つの視点からわかりやすく解説します。
土偶(どぐう)とは

■時代
土偶は縄文時代に作られた造形物です。日本列島に定住した人々が、狩猟・採集・漁労を中心とした暮らしを営んでいた時代で、自然との共生や生命への祈りが文化の中心にありました。
■目的
土偶は、豊穣・安産・病気平癒・災厄除けなどを願うために作られたと考えられています。宗教施設や神殿のような建物が存在しない縄文時代において、土偶は個人や集落単位で行われた呪術的な儀式の中心的存在でした。
多くの土偶には意図的に壊された跡が残っています。これは病気や災いなどの悪いものを土偶に引き受けさせて壊すことで、祈りを現実にするための儀式だったと考えられています。
■形
土偶の多くは女性像で、妊娠を象徴するようなふくよかな体型や誇張された目・手足などが特徴です。これは生命の誕生や再生への祈りを表しているとされます。
遮光器土偶(青森県)…大きな目と宇宙的な造形が特徴
合掌土偶(青森県)…手を合わせた姿で祈りの姿勢を表現
ハート形土偶(長野県)…胸部がハート形にくり抜かれた独特な造形
■出土場所
土偶は、縄文集落の住居跡・祭祀場・ゴミ捨て場(貝塚)などから出土しています。これは日常生活の中で祈りや儀式が行われていたことを示しています。
埴輪(はにわ)とは

■時代
埴輪は、古墳時代に作られた土製の造形物です。この時代は大王や豪族が巨大な古墳を築き、中央集権的な政治体制が形成されました。
■目的
埴輪は死者の霊を慰めるための儀礼具として使われました。古墳の周囲に並べることで死者の世界を再現し、権力や社会秩序を象徴する役割を果たしていたと考えられています。
また、埴輪には守護・供養・儀式の演出といった意味が込められており、単なる装飾ではなく、死者と生者をつなぐ境界の造形として機能していました。
■形
埴輪の造形は非常に多様で、初期の円筒埴輪から後期には形象埴輪と呼ばれる人物・動物・家・道具などが登場します。
武人埴輪…甲冑を着た人物。軍事力や守護の象徴
巫女埴輪…儀式を司る女性像。宗教的役割を示す
馬形埴輪・家形埴輪…当時の生活や社会構造を反映
■出土場所
埴輪は古墳の墳丘や周囲の平坦部に並べられていたことがわかっています。また、埴輪の配置は儀式の場の演出でもあり、古墳が単なる墓ではなく権力者の象徴的な舞台であったことを示しています。
かたちに込められた古代人の思い
はにわと土偶は、どちらも日本の古代に生まれた土の造形物ですが、作られた時代も、目的も、表現の仕方もまったく異なります。違いを知ることで、展示や資料の見え方が変わり、古代の人々の思考や感情に少し近づけるはずです。次に博物館で出会ったときは、ぜひ「これはどっち?」と見分けてみてください。きっと、もっと深く、もっと面白く感じられるはずです。
