名画の裏側を解説:ゴヤ『我が子を食らうサトゥルヌス』にまつわるエピソード5選

アートを学ぶ

2025年06月17日

フランシスコ・デ・ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」は美術史上でも特に衝撃的な作品のひとつです。ローマ神話のサトゥルヌス(ギリシア神話のクロノス)が自らの子どもに王座を奪われることを恐れ次々と子を食べるという伝承を描いたものですが、ゴヤの解釈はより狂気に満ちたものとなっています。本記事ではこの作品の背景や修復前後の違い、ルーベンス版との比較などを詳しく解説します。

フランシスコ・デ・ゴヤとは

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746–1828)はスペインを代表する画家であり、ロココからロマン主義へと移行する美術史の中で重要な役割を果たしました。彼の作品は宮廷画家としての優雅な肖像画から社会の不条理や人間の狂気を描いたものまで多岐にわたります。

46歳のときに原因不明の病気にかかり、その後遺症で聴覚を失いました。それとともにゴヤの作風は大きく変化しました。宮廷画家として華やかな肖像画を描いていた時期から、より内面的で社会批判的な作品へと移行していきます。

「フランシスコ・ゴヤの肖像画」(1826年、ヴィセンテ・ロペス・イ・ポルターニャ画)引用:Wikipedia

■ゴヤの特徴

宮廷画家としての活躍

ゴヤは1786年にスペイン王カルロス3世の宮廷画家となり、1789年にはカルロス4世の公式画家としての地位を確立しました。宮廷画家として王族や貴族の肖像画を多数制作し、当時のスペイン宮廷の華やかさを描きました。

社会批判的な作品

ゴヤはナポレオン軍によるスペイン侵攻を目の当たりにし、その悲惨な状況を描いた版画シリーズ「戦争の惨禍」を制作しました。これは戦争の恐怖や人間の残虐性を赤裸々に描いた作品群であり、戦争の悲惨さが克明に描かれています。

晩年の暗い作風|「黒い絵」シリーズ

ゴヤは晩年、病気や政治的混乱の影響を受け、より暗く狂気に満ちた作品を描くようになります。1819年から1823年にかけて、マドリード郊外の別荘「聾者の家」の壁に直接描いた14点の絵画群を制作しました。これが「黒い絵」シリーズです。

『我が子を食らうサトゥルヌス』にまつわるエピソード

『我が子を食らうサトゥルヌス』はゴヤが晩年に描いた「黒い絵」シリーズの一つです。サトゥルヌスの表情は恐怖と狂気に満ち、伝承のように丸呑みするのではなく子どもを頭からかじり、血まみれの姿で食い殺す様子が描かれています。

フランシスコ・デ・ゴヤ 「我が子を喰らうサトゥルヌス」 (1821-1823)

フランシスコ・デ・ゴヤ 「我が子を喰らうサトゥルヌス」 (1821-1823)

その1:自宅の壁に描かれた作品

この作品はもともとゴヤの別荘「聾者の家」のダイニングの壁に直接描かれました。ゴヤは晩年、政治的混乱や自身の健康状態の悪化から精神的に不安定になっていたとされ、「黒い絵」シリーズと呼ばれる14点の絵を自宅の壁に描きました。これらの作品は外部に公開される目的ではなく彼自身の内面を吐露するものだった可能性が高いと考えられています。

その2:修復時に陰部の描写が消された

『我が子を食らうサトゥルヌス』はゴヤの死後にキャンバスへ移されました。その際、修復作業の過程でサトゥルヌスの陰茎の描写が塗りつぶされ、より一般的な鑑賞に適した形へと変更されました。元の壁画ではサトゥルヌスの狂気がより強調されていたとされ、修正前の状態については美術史家の間で議論が続いています。

その3:ルーベンス版との衝撃的な違い

ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』は17世紀の画家ピーテル・パウル・ルーベンスが描いた同テーマの作品と比較されることが多いです。ルーベンス版ではサトゥルヌスは冷静に幼子を食しており、神話の伝承に忠実な描写がされています。一方ゴヤ版ではサトゥルヌスの表情が恐怖と狂気に満ち、血まみれの状態で食い殺している点が印象的です。この異なる解釈によりゴヤの作品は単なる神話の再現ではなく彼自身の精神状態や社会不安を象徴するものだと考えられています。

ピーテル・パウル・ルーベンス「我が子を喰らうサトゥルヌス」 (1636-1638

ピーテル・パウル・ルーベンス「我が子を喰らうサトゥルヌス」 (1636-1638)

その4:ゴヤはこの作品にタイトルをつけていなかった

ゴヤが生存中「黒い絵」シリーズの作品には正式なタイトルをつけていない、または明らかにしていませんでした。「我が子を喰らうサトゥルヌス」という名前はゴヤの死後に他者によって付けられたものです。

その5:「食人鬼ゴール」として紹介されたことがある

1970年代の日本の怪奇系児童書では、この作品が「食人鬼」として掲載されたことがあります。ポルトガルに棲息する5メートル以上もの巨人として紹介されましたが、これは本来の作品とは無関係な流用だったようです。

狂気と寓意が交錯するゴヤの名画

フランシスコ・デ・ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』は単なる神話の再現ではなく彼の内面や社会背景を映し出した作品として知られています。ゴヤの人生や時代背景を知ることで、この作品の持つ狂気や寓意をより深く理解できます。この絵を通してゴヤの世界をさらに探求したい方は、ぜひほかの「黒い絵」シリーズにも目を向けてみてください。

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