ルネサンス期を代表する彫刻作品「ダビデ像」は、イタリアの天才芸術家ミケランジェロによって制作された傑作です。高さ5メートルを超えるこの大理石像は、旧約聖書の英雄ダビデが巨人ゴリアテとの戦いに臨む「直前の瞬間」を描いており、フィレンツェの自由と誇りを象徴する存在として知られています。本記事では「ダビデ像」にまつわる知られざる逸話をわかりやすくご紹介します。
ミケランジェロ・ブオナローティとは
ミケランジェロ・ブオナローティ(1475–1564)は、イタリア・ルネサンスを代表する芸術家であり、彫刻・絵画・建築・詩の分野で多才な才能を発揮しました。
現在のトスカーナ地方の州近郊カプレーゼに生まれ、幼少期をフィレンツェで過ごしたミケランジェロは13歳で画家ドメニコ・ギルランダイオに弟子入りし、芸術の基礎を学びます。その後、フィレンツェの権力者メディチ家のもとで古代彫刻や人文主義思想に触れながら育ちました。
1498年、ローマで制作した「サン・ピエトロのピエタ」が高く評価され、若くして名声を得ました。教皇ユリウス2世の依頼で手がけた「システィーナ礼拝堂天井画」は絵画でも圧倒的な表現力を示しました。
晩年にはサン・ピエトロ大聖堂の設計など建築分野にも携わり、亡くなる直前まで創作を続けました。ルネサンスの理想「万能の人」を体現した芸術家として、今なお世界中で称賛されています。

■ミケランジェロ・ブオナローティの特徴
リアリズムへの執念
ミケランジェロの彫刻や絵画に見られる圧倒的な人体表現は、若き日に自ら人体解剖を行い、筋肉・骨格・血管の構造を徹底的に研究したことに由来します。
ミケランジェロは若い頃にフィレンツェのサント・スピリト教会で人体解剖を行っていたと伝えられています。同教会には彼が制作したとされる木彫りのキリスト磔刑像が残されており、奉納作品として知られています。
彫刻への絶対的なこだわり
「私は天使が大理石に閉じ込められているのを見た。天使を解放するまで彫り続けた」というミケランジェロの名言があります。ミケランジェロは絵画や建築の分野でも傑作を残しましたが、自分を「彫刻家」と定義し、生涯にわたって彫刻を芸術の最も純粋な形と考えていました。
蛇状曲線体
蛇状曲線体とは、人体をひねり・ねじり・引き伸ばすことで、動きと緊張感を生み出す造形技法です。この表現はミケランジェロがルネサンスの均整美を超えて、精神性や感情を肉体の動きで可視化しようとした試みから生まれました。
「ダビデ像」にまつわるエピソード
もともとはフィレンツェ大聖堂の彫像計画の一部として構想された「ダビデ像」は、若きダビデが巨人ゴリアテに戦いを挑む直前の緊張と精神的集中を肉体を通して可視化した作品です。力強さだけでなく、知性・信仰・内面の葛藤といった人間の精神性が刻まれており、都市フィレンツェの自由と誇りを象徴する存在としても位置づけられています。

その1:25年間放置された“失敗石”から生まれた傑作
ダビデ像の素材となった大理石はフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の彫像計画のために用意されたものでした。
最初に手をつけた彫刻家アゴスティーノ・ディ・ドゥッチオは、胴体や脚を荒削りしたものの、師であるドナテッロの死後に作業を放棄しました。その後、アントニオ・ロッセリーノが引き継ぎましたが、石の状態の悪さを理由に制作を断念。大理石は25年間も大聖堂の庭に放置されることとなりました。
しかし1501年、当時26歳だったミケランジェロが、誰も完成させられなかったこの素材に挑むことを決意しました。
その2:ダビデ像の瞳はハート型
ミケランジェロの「ダビデ像」は細部にまでこだわりが込められています。その一つが瞳の形です。この像の瞳孔は近くで見るとハート型に彫られています。
ミケランジェロは遠くからでもダビデの視線が鋭く感じられるよう、光の反射と陰影を計算した造形を施しました。瞳の形状を工夫することで像に緊張感と精神的な集中力を宿らせる効果を狙ったと考えられています。
その3:鼻のクレーム事件
「ダビデ像」の制作が終盤に差し掛かった頃、像を見て「鼻が少し高すぎるのではないか」という指摘がありました。ミケランジェロはその意見に反論せず、彫刻刀を動かすふりをしながら大理石の粉を少しずつ落としたといいます。実際には鼻を削ることなく、あたかも修正したかのように見せかけたのです。作業を終えて降りてきたミケランジェロが「これでどうでしょう」と尋ねると相手は「さっきよりずっと良くなった」と答えたという逸話があります。
その4:ダビデが手にしていたのは「知恵の武器」
ダビデが持っているのは剣でも盾でもなく、投石器(スリング)と石です。
ミケランジェロの「ダビデ像」は、旧約聖書に登場する若き英雄ダビデが巨人ゴリアテとの戦いに臨む「直前の瞬間」を描いた作品です。そのため像が手にしているものにも深い意味が込められています。
その5:ダビデ像搬送にかかった4日間
「ダビデ像」は高さ約5.17メートル、重さ約6トンという圧倒的なサイズを誇ります。
1504年、像の設置場所がヴェッキオ宮殿前のシニョーリア広場に決定すると、搬送作業が始まります。移動距離はわずか約800メートルでしたが、作業には40人以上が動員され、4日間以上を要したと記録されています。像は木製の台座に固定され、油を塗った丸太の上を転がす方式で慎重に運ばれました。
ミケランジェロのこだわりが生んだ彫刻の傑作
ミケランジェロの「ダビデ像」はルネサンス芸術の到達点とも言える作品です。25年間放置された大理石に命を吹き込んだ背景や、細部に込められた造形の工夫、そして搬送にまつわる逸話の数々はこの像がいかに多くの人々の手と思想によって形づくられたかを物語っています。
