
「私の作品は今まで出会った方々の支えや愛によって描かれたもの」安保 真インタビュー
2025-09-17 作家インタビュー安保 真 / ARTIST
観る人の心に寄り添うような幻想的な世界観を、墨を幾重にも重ねて描く独自の技法「滲み画」で描く安保真さんに、制作する上で大切にしていること、「滲み画」という技法についてお話を伺いました。

安保 真
北海道常呂郡佐呂間町生まれ。
幼少期に千歳市に移住、アイヌ文化と出会う。
北海道造形デザイン専門学校グラフィックデザイン科卒業後、福祉施設職員、CM制作会社に勤務。 その後フリーランスのデザイナーになり、POLO.B.C.S札幌専属デザイナーとして契約。ロゴデザイン、 カットソーデザインを手掛ける。
1993年滲み画の原形が生まれ墨遊家として歩みだし、1994年には滲み画の技法を確立。
「日本の新しい墨絵」としてNHKテレビに出演、現代墨絵作家として本格的に活動を始める。百貨店を中心とした企画展、海外の国際芸術祭に数多く参加。保護猫である愛猫MOMOCOをモデルにプライベートブランド「Amchouland」を立ち上げ、イベントなどを通して「Save the cats & dogs. / 殺処分ゼロ」を呼びかけている。
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「一人でも多くの方に幸せを届けたい、私も何処かで誰かに必要とされていると信じて描いています」

Q. 作品を制作する上で大切にしていること、コンセプトやテーマについて教えてください。
私の作品テーマは大きく3つに分かれています。
①環境や社会問題・命
身近にあったアイヌ文化の影響から自然の大切さ、また差別やいじめなどの社会問題を肌で感じ、現在、釧路猛禽類医学研究所と共に猛禽類の保護や、環境リレーションズと共に森の再生や保護などのお手伝いをし、自身の作品テーマに関わる社会問題や社会貢献にアートを通して参加しています。また、保護猫であったMOMOCOとの出会いによって、命の大切さ、重み、見返りの無い愛情を教えられ、保護猫活動を切掛けにイベントを通して『Save the cats & dogs』を呼びかけています。
②夢・希望
龍やシマフクロウ、猫のMOMOCO、丹頂鶴、弥勒菩薩、書など、一人でも多くの方にしあわせを届けたい、私も何処かで誰かに必要とされていると信じて描いています。
③滲み画の神秘性
印刷や版画に間違えられるほど薄い滲みの層が幾重にも重なって出来た明暗は、他のものが出来そうで出来ない末来へ続く不思議なトンネルを感じさせてくれます。
Q. 安保さんが確立された「滲み画」という技法は、どのようにして生まれたのでしょうか?


挫折や絶望から自分の現状のスキルや感性など納得いかない原因を徹底分析して、発想そのものや考え方を逆方向から探し研究していたところ、突然閃いたという感じでした。
Q.安保さんの作品は、繊細な色の重なりと奥深い世界観がとても魅力的ですが、1点の作品にどのくらいの制作時間がかかるのでしょうか?また、具体的にどのような工程で描かれているのか教えてください。
作品の大きさや内容によって制作時間に幅がありますが、F4サイズで約72時間くらいです。
工程としては、台紙となる紙や布などに水を載せ、水が表面張力を失う前に墨を入れ、素早く余分な水分を吸い取る作業を繰り返します。これで滲みの柄のパーツが一つ出来上がり、乾燥させて隣り合わせや重ねを繰り返していきます。技法としてはとても単純で簡単なのですが、摩擦をかけないことで薄い滲みの層を何層にも重ねられるところが今までにない発想と技術になり、奥深さや美しさ、透明感が表現できるところが滲み画最大の特徴になります。

Q. かわいいモチーフや幻想的な世界観を滲みでどのように表現しているのか、偶然性と計画性のバランス、制作時のこだわりや注意点についても教えてください。
滲み画ならではの透明感を活かすために、水の量にとても神経を使います。滲みの柄の最小サイズは、水に墨を付けて吸い取った際にそのパーツ内で明暗を表現できるサイズにするため限界があります。また、大きい面積では水の量に対し墨の量も増えるので、予測できない墨の移動が起き始めることがあります。特に顔のある作品では、滲んでほしくない場所に水が流れると滲みの柄が汚れに見えたりキズに見えたりするので、水の量、墨の量、吸い取り方には特に気を配っています。



Q.「滲み画®」は、新たな日本の墨絵表現として国内外から高く評価されていますが、この技法を確立するまでにどのようなご苦労があったのでしょうか?

閃いた瞬間はこれだ!と思いましたが、形になるのか不安でした。
私はそれまで、書家やデザイナーとして活動していましたので、机に向かって墨の筆を持てば和紙に文字を書く、絵を描く、何となくバランスをとって抽象画を描く、この所作を繰り返し数ヶ月、何の変化も起きない日々が続きました。私は、書もデザインも人が羨む仕事に恵まれていましたが、何かが物足りなく将来を案じていました。


しかし、この普通の所作から抜け出したかったある日、飲んでいたコーヒーを一滴、テーブルクロスに零した瞬間、頭から何かが降り注いできたような状態になり、背筋から頭の先まで、ざわざわっと寒気が走りました。テーブルクロスに落ちた一滴のコーヒーは、描いてもいないのに綺麗な円を作り、周りは濃く、中心に行くほど明るい滲みになっていました。なんて不思議できれいだろうと。そして、テレビや印刷物はすべてがドットの集合体で出来ているのだから、直接墨で描かなくても滲みの集合体で絵が出来るのではと考え始めたのがこの道へ歩み始める切っ掛けでした。
「現在の形になるまでには約10年という歳月を有しました。」
作品になるまでに紆余曲折がありました。ただ、小さな滲みの明暗の少ないドットの集合体で描いても全く滲みの柄を活かせず、とてもつまらないものでした。当然、水と墨における比重の関係や水と墨の割合、水の表面張力の必要性そして水を吸い取るという事は分からなかったので、師匠もおらず前例がない技法だけに現在の形になるまでには約10年という歳月を有しました。乗り越えられたのは、墨の歴史上、ありそうで無かった重ね描きの出来る技法を発見し、NHKで取り上げてくれたことの自負や、10年以上の歳月を注いだことで多くのものを犠牲にしてきた意地でした。(;^ω^)
Q. 観る人の心に寄り添うような安保さんの作品は、どのような方々からの反響が印象に残っていますか?


私の作品を観ていただく機会としては個展や催事場になりますが、モチーフの中心になるのは梟と龍と猫です。偶然この3種類とも縁起の良いもので、梟は家やお店の守り神として、十二支の龍は仕事や自身を高めようと昇龍をお求めになる方が多く、猫も商売繫盛やお店の招き猫として、そして可愛いということでご購入下さる方が多いです。特に2020年、フランスで開催された世界最古で最大の公募展ルサロンでの出品作『森の鼓動』という環境問題をテーマにした梟の作品で受賞をして以来、急激に大きい梟の作品のご依頼が増え、更には2023WBCで栗山英樹監督が私の梟を身に着けて優勝をされたことが縁起がいいということで、会社社長様方から大きい作品のご依頼も増え、有難いことにご納品まで1年以上お時間を頂いている状況です。
Q.愛猫「MOMOCO」がモデルとなっている作品には、愛情がにじみ出るような可愛らしさがあります。保護猫だった「MOMOCO」との出会いや、作品のキャラクターとして確立されていくまでのエピソードを教えてください。




MOMOCOとの出会いは、2008年に妹が札幌の大型商業施設の駐車場でMOMOCO他2匹のスコティッシュフォールドと血統書入りの袋を見つけたことに始まりました。一匹は妹が、もう一匹は妹の友人宅、MOMOCOは保護された段ボールから顔を見せないくらい怯えていて行き場がありませんでした。妹は様々なところへ声をかけたようですが里親は決まらず、最後に私に泣きついてきました。私は一人暮らしで既に絵描きをしておりましたが、そもそも猫は嫌いで、もし飼ったとしても猫が作品の上に昇ったり、毛が舞って水に入ったりを考えると到底受け入れられませんでした。
「残りのにゃん生を幸せにしてあげたい!と思うようになり、里親に」
それから数か月後、妹のところへ行った際もまだMOMOCOがおり、夜ひとけがなくなってからこっそりご飯を食べていることや、声帯を切られていて殆ど鳴けないことを聞きました。また入っていた血統書からMOMOCOたちを捨てたブリーダーがわかり、約二年間もの間小さなゲージに閉じ込められていて四肢が弱って飛び跳ねることが殆どできないこと、素晴らしい血統の猫だから繁殖用にしたかったのだが子供が取れず避妊手術もされていたことを聞き、猫嫌いだったはずの私は先に同情心が芽生え、何とか残りのにゃん生を幸せにしてあげたい!そう思うようになりその場で里親になることを決意しました。

エピソードでは猫嫌いだった私と、人間に怯えていたMOMOCOとの気を使いながらの共同生活は不思議な関係でした。数か月かけて徐々に信頼感が生まれ始め、こちらから少し触るとMOMOCOは少し近寄ってはすぐ離れるといった日が続き、やがて信頼感は深まり絵を描き始めると墨の匂いが好きなようで墨の香りを嗅いでから私の側で作品制作を眺めていました。
その後、私は結婚をしてカワイイ娘ができたようでしたが、愛おしさが増したころMOMOCOが大きな病気をしてしまいました。大手術の末一命を取り留めましたが、妻からの一言でMOMOCOの絵を描いて想い出に残したい、またMOMOCOのような可哀そうな猫や犬を一匹でも救いたい、そう強く思うようになり現在の保護猫活動へと繋がりました。
Q. ご自身の作家活動において影響を受けた人物や事柄などはありますか?

子供の頃、近くにアイヌ部落があり交流がありました。アイヌは北海道の先住民族で、アイヌの人々にとってシマフクロウ(コタンコロカムイ)は最高位の神であることや、アイヌは自然とともに暮らしていたこと、和人に森を奪われ名前や土地を奪われたことなどを聞かされ、その衝撃は私の幼心の奥深くに刻み込まれ、私のアイデンティティとして作品に色濃く反映されています。
Q. 安保さんの作品には、かわいらしいモチーフと豊かな自然が共存し、見る人の心を穏やかにしてくれます。作品を通して伝えたいメッセージや、観る人に感じ取ってほしいことがあれば教えてください。
私は好きな絵を描いて生活をしています。とても幸せ者です。その裏には言葉にはできない沢山の苦労がありました。そしてその苦労を支えてくれた家族がいます。沢山の仲間がいて、沢山のお客様に恵まれ、画家を諦めかけた時支援してくださった方がいます。そして妻とMOMOCOがいます。私の作品は今まで出会った方々の支えや愛によって描かれたものなのです。
きっとその方々の優しさや愛、叱咤激励が一筆一筆のエネルギーであり、安保真の存在と作品だと考えております。観て頂ける皆様の何か一つ心に感じる作品になれば幸いです。
Q. 「滲み」という表現は非常に詩的で繊細ですが、ご自身にとって“滲み“とはどんな存在・意味を持っていますか?
天からの授かりものだと思っています。「昔からある垂らしこみね!」と吐き捨てるキュレーターさんは一人や二人ではありませんでしたが、これからの美術界の発展のためやこれからアーティストを目指す方々の羅針盤の一つとなるために広く知ってもらいたいですし、そのための労力は惜しみなく提供したい、そう思える技法です。
最後に・・・

アーティストとしては、筆が持てなくなるまで制作活動を続けたいと考えています。
滲み画の研究者としては、私には後継者はおりませんが、この「滲み画®」という技法を後世に残す使命があると信じており、現在各地で滲み画教室の企画もされ、お声もかけていただけるようになりました。こうしてようやく国内外からこの「滲み画®」に対する評価が高まり、特に「ありそうで無かった唯一無二」の技術を発見したこと、墨絵や水彩系の作品において膠などを使わず重ね描きができることなど、少なからず美術界に影響を与えたということが評価に繋がったようです。あと何年、この活動ができるかわかりませんが、このように私の活動をサポートして下さる方たちがいることはとても幸せであり感謝しています。そしてこの機会に、少しでも全国に「滲み画®」というものを広め、同時にこれからの未来の子供たちに綺麗な地球や安全な日本を残すために、環境問題や命の大切さなどを問題定義した作品をお見せし伝えていくことが私の使命なのかもしれません。
追伸………日々綺麗な作品を残すために多くの墨を使い、洗い垂れ流し、多くの紙を破り捨て、昼夜問わず電気をつけっぱなしで絵を描き、環境破壊に心血を注いでいる自身への矛盾と罪悪感と闘いながら「今に生きる」です。